施設(特別養護老人ホーム)にいる母の面会は
夕方近くに行くようにしています。

そして、母の部屋へ行く前には、ユニットに
いるワンコの散歩へ。

母との会話をなるべく、短くと思っている鬼娘
なんですが。


母は、以前は、施設のイベント、音楽療法とか
外部のボランティアの方々が来て下さる催しに
参加していました。

基本、母のユニットでは、「行きたくない」と
いう入所者を参加させることはありません。

ベットで横になっている母には、車椅子で出る
ことでも、面倒くさいらしく、行きたがらない
のです。

集団リハビリは、アタクシが連れ出すので、
渋々、参加します。


さあ、行こう!

アタシ、行きたくないのよ。
こうやって、アナタとおしゃべりしていた方が
いいわ。

いいんや、おっかさん、あたしはちゃうねんよ。
何とか、時間稼ぎがしたいだけや。


ところが、夕方5時近くなって、母に

さあ、お夕飯になるから、ズボンを履いて、
身支度しよ。

と言うと、

まぁ、ご飯なのね。

すんなりと受け入れて、文句も言わず、ササッ
と行動するんです。

今の母は、「食べること」が何よりの楽しみ
なのでしょう。

017


ユニットの出入り口で、母の大きな声が聞こえて
きました。

ここの食事は、うちのご飯より美味しいのよ。


はいはい、おっかさん。
50歳まで、料理もせずに来た娘の作ったもの
より美味しいというのは、よーくわかる。

だって、アタクシ自身、不味くて食べたくも
ないもの。



ブログをお読みくださり有難うございました。
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コメント

 コメント一覧 (6)

    • 1. かりん
    • 2019年06月22日 07:27
    • お忙しい中、いつもいつもコメントに返信を頂きありがとうございます。

      私としては、介護の辛い本音をこちらで包み隠さず吐き出させて頂けるだけで感謝の気持ちでいっぱいなのに、いつも返信まで頂き申し訳ないくらいです。

      『食べる』楽しみ、いいですね。
      施設で義母同様周囲の方々も無表情で食事介助受けてる様子を見る度、何を楽しみにみんな生日々を過ごすのだろうか?と思ってしまいます。

      実母も『食べる』『買う』楽しみは残っていて、買い物連れて行くと毎回在庫があろうとも、同じものを買って同じものを作っています。
      幸せそうなのは、食事時が一番なようです。その様子を見てると、できる限り私が昼に実家に通って、一緒に昼御飯を作りながら食べることを続けられたら、と思っています。


      私にとって介護で一番辛い事は、孤独だなと最近感じつつあります。

      義母に対しても義兄夫婦は何ら関わらない…実母に対しても姉夫婦は何も関わらない…

      一人暮らしの母の様子を姉に伝えても、「心配やね」「寂しいやろうね」「今度見に行くわ」「大変やね」「いつも悪いね」「ありがとう」のいずれも全くなく、「施設探したらいいんじゃない?」とあっさり…
      ほんとに連絡とればとるだけ、ただひたすら介護以上に心折れます。

      こちらであんず様からの心あるお言葉に癒しを頂き、同じように介護していらっしゃる方々のコメントに勇気を頂いたりして、何とか日々を乗り越えています。
      ほんとに感謝です。
    • 2. ももだよりのもも
    • 2019年06月22日 19:24
    • あんず様ばばが24日99才の誕生日を迎えます。今日もデーにいっていたんですけどデーからの電話でばばは人も眼鏡ももってかえってしまったようです。
      となりにいたおばあさんのほうが眼鏡こんなんだったと覚えていたようです。
      後で取りにきました。山科の取材はいっていてわんこの雨のかっぱのかわいいのがおいてあって施設長の若松さんが取材にでていましたよ。文福ちゃんもでていました。
      私もそんなところに入りたいなとおもいました。
      だって犬が大好きなんですものね
      ばばもいぬが好きでしたよ。20年いきて介護も一緒にしたのばばは忘れています。
      犬の寝たきりはかわいそうでした。
      私がしたのは決算書ではなく貸借対照表でした。でもすべて記入しないと合計が合わないんですよね。それにこの時期バブルがはじけて給料もでなかったです。
      この時期の医療費は私の貯金からでています。すべてなくなりました。
      いまは母が医療費だしてくれているのでなんとか助かっています。
    • 3. 福童
    • 2019年06月23日 01:25
    • あんず様
      「食べることだけが楽しみ」
      母の施設の介護スタッフの方もそう言います。確かにそうなんでしょう。でも本当にそうなのかなぁ。
      先日、母に「なぜ家に帰りたいの?」と訊いたら「暇やから」と答えました。
      成る程ね。確かに暇だろう。なにせ母は集団で行う行事には一切参加しませんから。それでも老健にいた頃は苛めっ子の本領を発揮して子分を作り、車椅子を押させたり話し相手にさせていましたが、今の特養ではもう子分を作ることはできなくなりましたから、そりぁ暇でしょう。もしかしたら食べることも暇つぶしの一策なのかも‥‥。大嫌いな肉や魚や麺類もパクパク食べてるようですから、今や味覚もおぼろになってるみたいだし、もう何が何だか私にはさっぱり解りません。
      ただ言えることは、暇つぶしで家に帰ってもらったら私の暇は無くなってしまうということ。そして帰りたいと言っている『家』も、実は母が幼少時に住んでいた家であるということが最近分かってきました。そんなのもう存在しないんですけれどね。
      そう言えば、在宅介護の最終時期には盛んに自分の幼かった頃の話をしていました。あれが母の最後に残された記憶なのかもしれません。
      母の話題は戦前の幼少時のことばかり。あんなに執着した可愛い跡取り息子や孫の話は出てこない。そして弟はそんな母の姿は見たくないというのが本音。
      先日。偶然に出会った母の知人は「そうは言ってもきっと貴女のことだけは覚えていらっしゃいますよ」と励ますつもりで仰ってましたが、そういう言葉は何の励ましにもならない。
      私が待っているのは母の記憶から私の存在が完全に消去されることなんですから。
      私のことを孝行娘だと決めつける世間の大いなる誤解にはもううんざりです。
    • 4. あんず
    • 2019年06月23日 02:46
    • かりん 様、こんばんは。

      母の部屋へ行くと、いつも、ベットで横に
      なっています。
      そして、「アタシ、何をしていいかわからない」
      と言います。
      テレビを見ているのかどうか、わかりませんが
      ずっと、ついたままです。
      こんな状況だと、食事が楽しみというのも
      わかるような気がします。

      お買い物に行くことが出来るならば、
      それは楽しみですね。
      お料理も出来るのもいいですね。
      出来るだけ、お母様と一緒にという、かりん様の
      お気持ちはよくわかりますが、ご自分の生活を
      一番に考えて、お母様のことは二の次に・・・。

      たまたま、母と二人暮らししていたから、そのまま
      介護となりましたが、100%、母に費やしてしまい、
      自分の生活がないのは、アカンということがわかりました。
      少し、突っぱねてもいいのでは?

      うちの兄も、お姉さまと一緒で、メールは来るものの、
      面会には来ません。
      施設に居る母を見たくないからなんでしょう。

      介護をするって、孤独ですよね。
      私もよく泣きましたよ。
      どうぞ、いつでも、コメント下さいね。
    • 5. あんず
    • 2019年06月23日 02:58
    • ももだよりのもも様、こんばんは。

      ばば様のお誕生日はもうじきなんですね。
      99歳とはすごい!!
      100歳以上大丈夫ですね。
      それはもも様が支えているからですね。
      ワンコには冬、合羽を着させますが、今はそのまま行きます。
      早く、日本中に犬猫と一緒に入所出来る施設が出来るといいなと
      思っています。
      犬が20年生きたとは長寿ですね。
      先日、大腸癌手術をした友人が、嘆いていました。
      医療控除があるとは言え、日頃の注射や薬代はかかると
      言ってました。
    • 6. あんず
    • 2019年06月23日 03:14
    • 福童 様、こんばんは。

      母にとっても、「家」とは戦前の子供のころの家のこと。
      「家に帰りたい」と言うのは、私の世話で暮らしたいということ。
      以前は、施設でもトイレ介助をしましたが、あるスタッフさんから
      はっきり、お任せ下さいと言われて、それがいいんだとわかりました。
      以来、車椅子をトイレの前に置いて、後は頼みます。
      「貴女のことだけは覚えていらっしゃいますよ」
      それは私も思います。
      しかし、覚えているというか、世話して貰うためというか、
      娘を下僕とする母親ということを覚えているというか。
      『母の記憶から私の存在が完全に消去されること』
      私も、早くそういうときがこないかと願っています。
      そそ、息子である兄のこともこの語は言わなくなりました。
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