10月に入り、半袖では寒い日に出てきました。

陽ざしが出ると気温が上がるものの、朝夕、
特に夜は、涼しいというより、寒い。

先日、アタクシも綿毛布を出して天日干し。

布団はまだ、夏用の羽毛布団。


そんなとき、考えるのは、母のこと。

コロナ前には、いつ、冬用のかけ布団を持って
行こうかと思うこと。

アタクシは、軽い掛布団よりも、真綿の重い
方が好ましいのですが、母は軽ければ軽いほうが。

思い出すのは、認知症初期のときのこと。

真冬のことでした。

夜、寝るときに寒いというので、うちで一番
軽い羽毛布団をかけたところ、まだ、寒いと
言う。

それじゃあ、と二枚重ねるとそれは重いという。

じゃあ、羽毛かけ布団を一枚にして、ダウンの
コートを母にかけようとしました。

ところが、アタクシが手を滑らし、母の顔の
上に落としてしまいました。

あ、ごめんなさい!

と、慌てて、コートを取り除けたところ、

母の顔は、ニタリと不気味な笑いをした般若の
面のようでした。

そう、アナタ、アタシを殺そうとしたのね。
そんなにアタシが憎いのね。

認知症の周辺症状だとは思ったものの、
アタクシにはショックでした。

そういうことは、認知症が進行すると同時に
消えてしまったのも事実です。

冬に向かい、掛布団をどうするか、を考えると
母のあの恐ろしい悪魔的な顔が、浮かんでくる。

認知症の怖さを感じる事件の一つです。


003

keep your social distance

「手洗いに期限はない」
石鹸会社のCMです。

食事は黙って取り、終わってからマスクで
話をしましょうと医師の言葉。

ウイルスは身近に存在します。

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コメント

 コメント一覧 (6)

    • 1. いちろく
    • 2020年10月06日 18:30
    • あんず様
      こんばんは。レスありがとうございました。
      特養は、四年間ではなく、四年目(つまり丸三年)でした。ごめんなさい。
      あんず様のブログを見返したら、当時の私は涙はありませんでした愚痴をそのままコメントしておりましたね。失礼いたしました。あの時、まさに泥舟に乗っているような感覚で、こちらのブログに毎日のようにお邪魔し、救われ、癒されておりました。
      コメ欄の皆様方にも共感いただき沢山助けられました。
      本当にありがとうございます。

      悪魔の笑顔!
      本当に何であんな表情するんでしょうね、私も沢山傷ついたなあ、と思い返しています。

      父はまだ介護認定もされませんが、引続きこちらに癒されにうかがえれば有り難く思います🙇
    • 2. たまのママ
    • 2020年10月06日 18:45
    • あんず様こんばんは
      連絡がないのは元気だから…ですが
      心配ですよね。
      何かあったら着信があり、何かあったの?とドキドキして、、ました
      懐かしい?です。
      兄は逃げるように納骨終わったら帰りました。母をどうするか?介護になったら、私が逃げる番です。
      が、逃げるように早く帰った為、サインする必要があった書類があったのに、手続きできない!
      北海道に送りました。
      早く終わらせたいのに。
      後、2通帳解約が残ってますが
      いつでもいいし(笑)
      父方の親戚は納骨が終わったら、選べるギフトを送るのが決まりのようで、高島屋に行かなくてはいけないのですが、なんだか、億劫で、まだ行く気になれません。
      久しぶりに日本橋に行くのだから
      買いたい物が沢山あります
      高島屋のデパ地下で働いてたのですが、三越本店の方がデパ地下は楽しいです(笑)
      Gotoキャンペーンで人が多そうで怖いです
      感染者が増えそうですね…

      お父様柿好きだったんですね
      父も固い柿が好きでした。認知症になる前は柿の木の手入れしてたので
      柿を買う事はなかったのですが
      好きだった柿、食べたくても、食べれなかった柿
      毎日お供えしてます
      柿って…高いんですね…(笑)

      さて、これからどうしよう?仕事はコロナが落ちつくまでは諦めてます。
      社会復帰出来るのか…
      介護してなければ…違った人生だったでしょうね
      皆、娘に介護してもらえて、幸せだったよ
      聞き飽きました。
      毎日父に、宝クジ、億はいらないから、、当たらせてとお願いしてます(笑)

      介護友は町内会の方から色々言われて、落ち込んでますが
      なら、あなた達は認知症になったら
      笑顔で介護してもらえますか?
      と言ってやりたい
      経験しないとわからないのだから
      黙ってろっです。

      納骨が終わったら父の着物捨てようと片付けたのですが、なかなか捨てられません…
      が、捨てなくては!ですね。

      ありがとうございます!
    • 3. 紫陽花
    • 2020年10月06日 20:56
    • あんず様 こんばんは。
      ブログの更新がなかなか上がらなかったので、あんず様の身に何かあられたのでは?と心配しておりました。
      お仕事でお忙しかったとわかり、ホッと安堵いたしました。

      認知症の初期の頃の大変さ…
      心が痛いほど私にもよくわかります。
      いくら認知症が言わせている事だと頭では理解していようが人間は感情の生き物です。
      ましてや相手が自分を生んでくれて慈しみ育ててくれた母からの言葉だと泣きたくなります。
      この地獄から解放される時は親の認知症がかなり進行し体力も落ちてきた時にやっと…というのもなかなか残酷な話です。
      私の母も認知症の初期の頃が一番辛かった!
      ベッドから立ち上がり柵を乗り越えようとしたり柵と柵の間に足を入れてプラプラ子供のように足を揺らしたりしていましたねぇ…苦笑。
      夕方になると決まって「早くしなさーい、早くー!早くー!」と台所仕事をしている私に怒鳴り急かす母に頭がおかしくなりそうでした。
      夕方という時刻が母の遠い記憶に「夕飯の準備をしなきゃ!」と父の機嫌を伺いながら台所に立っていた頃が残っているのかな?
      だから私を急かすのか…そう思うと今度は元気だった頃の母を追い詰めていた父の存在に腹が立ってくるのです。
      2009~2015年の日誌を読み返すと父への怒りが溢れかえってくるのです…苦笑。
      母は私の名前を呼んでくれる時もありましたがなぜか「おかぁさ~ん」と子供みたいな声で呼ぶ時も多々ありました。
      昭和初期の子供の頃に帰っていたのでしょうか…。(認知症の童がえり)
      母の95年の激動の人生を思うと、今の時代に生きている私の苦労なんて母の足下にも及ばないです。
      時々しんどいなぁ…と思うときは母の苦労をバネに今を生きています。
    • 4. あんず
    • 2020年10月06日 21:49
    • いちろく様、こんばんは。

      丸三年というと、短いですよね。
      いちろく様のお母様も、うちの母と同じような悪魔でしたね。
      やはり、元来の性格がいじめっ子だったからでしょうか。
      ほんとにあの当時は、情けなさと絶望感と、・・・
      どうしても、思い出してしまうのは、口裂け女のように、
      ニタリと笑う不気味な母の顔。
      入浴時に飛沫が顔にかかったとき、手桶が母の肩を触った、
      かすっただけなのに、その都度、「アタシが死ねばいいと思ったでしょ」と
      言われたこと。
      同じような悩みを持っておられることに共感していました。
      母よりも活動的だけに、私より大変だっただろうと思っていました。
      そういう悪魔も、今では私も思い出になりました。
      まだ、完全に介護から卒業ではないのですね。
      経験は必ず、役立つと思います。
    • 5. あんず
    • 2020年10月06日 23:02
    • たまのママ 様、こんばんは。

      今は電話があったら、まず、ダメな方向を考えようと
      思っているというか、言い聞かせています。
      いちろく様と違い、たまのママ様はお母様なんですね。
      お母様の介護の前に早くコロナ禍が収束し、
      海外旅行が出来るといいですね。
      私は三越の地下より、高島屋の地下のほうが買い物しやすいです。
      でも、今は、殆ど行っていません。
      そそ、デパ地下は怖いですよね。
      まだまだ、やることがありそうですね。
      でも、ゆっくりされて、次の介護へつなげてくださいね。
    • 6. あんず
    • 2020年10月06日 23:23
    • 紫陽花 様、こんばんは。

      仕事というよりも、ブログに書くことがなくなり、
      更新しなかったというほうが正しいのですが。

      介護で辛いのは、母親が普通でないこと。
      あの変わりようは、思い出すととても悲しいし、情けないこと。
      そして、将来の私かもと。
      認知症の初期の症状も色々なんですね。
      待つことが出来ないし、自分のことしか考えられない。
      思いやりもない。
      でも、そういうことは、すべて、認知症という脳の働き。
      大昔から認知症があったことでしょう。
      今ですら、苦労しているのに、昔はどうしたのでしょうか。
      お母様もきっとご苦労なさったでしょうね。
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