今日は、介護疲れで殺人事件が起きたという
記事に目が留まりました。
約10年前に、父親の介護のために歯科助手の
仕事を辞め、両親と同居していたという娘。
父親は5年前に死亡し、母親は認知症を発症して
いたとみられ、その後、介護をしながら二人
暮らしだったそう。
「母の世話に疲れ感情的になってしまった」と
供述しているという。
新潟市で同居する母親を殺害した疑いで1月末
52歳の息子が逮捕・送検。
ヘルパーさんを頼んでいるようなこともなく、
近隣の住人は、高齢の母親を介護する男の姿を
よく目にしていたという。
アタクシが胸を打たれたのが、
昨年、当時91歳だった母親を、57歳だった息子が
殺害。その後、息子は飛び降りて死亡。
今年の1月末に容疑者死亡のまま、殺人の疑いで
書類送検されたという。
警察によると、母親は事件前、特別養護老人
ホームに入居し、男性は毎日のように面会に
訪れていた。
しかし、事件の2週間前、新型コロナウイルスの
影響で外部との面会が禁止になり、男性は事件
前日に母親の退所を申し入れ、自宅に連れて
帰ったという
男性のズボンのポケットからは、「母に死に
たいと言われ糸が切れた。母を殺しました」
などと書かれたメモが残されていて・・・
91歳の母親を殺害したとして死亡の息子を
書類送検 老人ホームを退所した翌日の犯行
この男性の気持ちが、よくわかります。
面会が出来ないことに不安を感じ、自宅に
戻して在宅介護をと思った、或る意味、親孝行な
男性。
息子と居るのに、「死にたい。」と言ったのは
やはり、認知症を発症していたのでしょうか。
母親を想って、在宅介護を決意したのに・・・。
アタクシも昨年の3月末に、母の食欲が落ちたと
聞いただけで、プチパニック。
もし、コロナ禍でなければ、面会に頻繁に行って、
なんとか食欲を戻せるかもしれない、認知症の
進行を緩やかに出来るのにと思いました。
じゃあ、在宅介護をすればいいじゃあないかと
自分自身に問うてみました。
勿論、今更、在宅介護は無理。施設にお任せする
ほかない。
コロナ禍で面会が出来なくなって、一年となり
ました。
有難いことに、施設関係者の皆さんの感染予防
対策のおかげで、母は、元気で穏やかに暮らして
います。
Keep your social distance & Stay Home
基本に戻って、こまめに手洗いにマスク着用、
消毒を忘れずに。
なるべく、不要不急の外出は、やめましょう。
大切な人のため、自分自身のために。
ブログをお読み下さり有難うございます。
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コメント
コメント一覧 (6)
したんだけど一日中寝てる様子です。孫がきたよといってもうんうんというだけで夢の中にいます。ごはんは少しずつ食べています。職員さんには頭が下がります。
でもいつどうなるかわかりませんね。100才ですからね。
元気な時にたくさん話がしたかったです。それを思うとコロナ嫌になりますね。
だけども全く他人事とは思えず、気持ちもわからなくもない…
介護した人にしか絶対わからない、この色々な複雑な気持ち…
もう介護はしたくない!と思いながらも、まだ生きていてほしいと思う気持ち。
何回も何回ももう聞かないでーーー!と叫びたくもなるが、どうして優しくなれないんだろうとの自己嫌悪。
もういい加減にしてよ!と思いながらも、やはり心配で手助けせずにはいられない…
自分の中で悪魔と天使が日々入れ替わる…
介護をしてほんとに思うのは、やはり突き最終的には誰も助けてくれない…って、孤独感に押し潰されそうになることもしばしばです。
お久しぶりです。
最近また介護殺人の報道が増えていますね。そんな記事を見る度に「ああ、私もこうなる可能性はあったんだな」と感じます。
そして、最近のあんず様のブログを読んでいて思うのは「介護とは思う心なんだ」ということです。
在宅であれ施設であれ、介護を存続させるためにはどうすればいいのか、そのためには自分はどうあればいいのか、そこに思う心があるのか否か。目を背けていないか否か。
10年もの時間を母の在宅介護に割いて尚、母の体調を案じられる心、それが介護というものの本質なんだなと思います。そこまで思ってもらえる道子ママは母親冥利に尽きます。
やがては道子ママも天命を享ける時が来るでしょう。老衰ならば万々歳。どんな最期であるにせよ、道子ママが幸福な母親であることには違いない、あんず様が折紙付きの孝行娘であることも間違いありません。
介護なんて絶対の義務ではない。世の中には介護を放棄している人も一杯います。その中で介護する道を選んだ意味、それが介護を終えた今、ようやく解ってきました。私にも、あんず様ほどではないけれど母を思う心はあったのだな。そして介護で得たものもあるのだなと。
樹木希林さんは最後の日に退院して、死というものを娘や孫に見せるため自宅で死を迎えたと言います。親が子に与える最後の教科書だったのでしょう。
私も母から最後の教科書を受け取りました。これからそれを何度も読み返すことになります。
そして、介護の仲間としてあんず様と道子ママを見守ります。道子ママは大病を乗越えた強運で頑健な人、あんず様のご苦労はまだまだ続くでしょうが、共に頑張りましょう。
お見舞いが出来てよかったですね。
ご飯が食べられることは、まだまだ、大丈夫。
100歳まで生きられたんですから、簡単には
諦めないことでしょう。
コロナが早く収束しますように。
「そんなにアタシが憎いの?」
「アタシなんか、死じまえと思ってるんでしょ」
と認知症初期の頃、毎日、こういうことを言われたとき、
情けなさとこのまま、ほんとに死んでくれと思いました。
私も介護殺人を見聞きするたびに、そうなると気持ちが
楽になるのかな、明日の私かもしれないと思っていました。
乳がんが大きくなって母自身がわかったとき、
何回も「この塊、何なの?」と聞かれて、
最初は、おできだ、乳腺のできものだととか、
返事をしました。
でも、あまりに聞かれて、ついに、「ガン!!、乳がん!」と
叫んだこともあります。
「もういい加減にしてよ!と思いながらも、
やはり心配で手助けせずにはいられない…」
そんな毎日、よくわかります。
でも、そういう毎日がなくなるのは、うーん、
長い時間がかかりました。
介護は、果てしない絶望感と深い孤独感に
苛まれる時でした。
こちらこそ、お久しぶりです。
介護殺人、在宅介護中は、明日は我が身、私も殺人者になるかもと
感じていました。
ずっと、ブログにも書いてきましたが、
毎日、早く死んで欲しいと思ってきました。
光の見えない暗黒のトンネルの中にいる感じでした。
でも、24時間介護をしなくてよくなったとき、
逆に、長生きをして欲しいと思うようになりました。
だから、施設入所ということも、ノイローゼ気味な介護者を
救う一つの方法だとわかりました。
コロナ前は、出来るだけ頻繁に面会に行って、
在宅介護を放棄した後味の悪さを解消しようとしていました。
ところが、コロナ禍になって、面会どころではなく、
一体、母はどうなってるんだとプチパニック。
後悔を面会することでなんとかしようと思っていた私には、
どうしようもない・・・。
母の最期の最後を看取ることが出来なくなるかもと
覚悟はしています。いや、覚悟しているつもり。
オタオタするんだろうなと思っています。