アタシはいつ、家に帰れるの?
母にそう言われるたびに、せっせと、老健へ
の入所の話を致します。
老健を家に帰るためのトレーニングの病院と
言って、誤魔化しています。
アタシね、家に帰ったら、畳みの上で、足を
思いっきり、伸ばしたいわ。
うちには和室はあらへんで。フローリングに
ベットやけど。
そうやねと言っておけばいいものを、つい、
母の希望を潰してしまう鬼娘。
もう家には帰ることはないと思うと可哀想な
気も致します。
アタシの家のお隣は、お医者様だったわね。
母が育った家のお隣はそうなんですが、現在
はそうではありません。
これもまた、そうやと肯定すればいいものを、
否定してしまいました。
言うことに対して、否定せず、肯定すること。
些細なことでも、訂正したくなるのです。

子供の頃の家の記憶しかないなら、それが、
一番かなと。
更には、アタクシのことも忘れてもいいと、
この頃思ってしまいます。
老健入所を前にして、とても複雑な思いです。
コメント
コメント一覧 (12)
あんず様のご様子は毎日気になり、ひとときも頭から離れることはありませんでした。
認知症だった母が亡くなり、父は私の自宅のそばの有料老人ホームに入れたので、ひと安心と思いきや、これが大変なのです。
母が亡くなった寂しさからか?はたまた鬱状態なのか?父は毎日のように「死にたい死にたい」の繰り返しで…。昨日は屋上のフェンスでクビをつろうかと思ったけれど低過ぎて断念したらしいです。
老人特有の「かまって病」なのか?本気なのか?私も対処に困ってしまいます。ホームの方に相談しようかとも思いましたが、自傷行為のある方はホームを出されてしまうかもしれないので相談も出来ずにおります。まったく。ホームでのんびり余生を過ごして欲しかったのですが…。それも夢の夢。まだまだストレスのネタは尽きませんね。
あんず様も私も、お互い、自分が先に逝かないようにwほどほどに頑張りましょうね。
義母も「帰りたいんよ」と言います。その度に「足をケガしているからリハビリして歩けようになったら帰ろうね」と何回もなだめています。
義母が骨折し手術になり担当医からの説明を聞いたとき、もう義母はこの家には戻れないと主人と思いました。
何故なら、玄関までの16段の階段があるからです。
手術後暫くして、レンタルしていたベットを返却しましたが、その時のなんとも言えない虚しい気持ちを今も思い出します。
義母も、自分が育った家と現在の家が混同してしまっています。
日に日に酷くなるようです。病院に行くと帰りは生気を吸いとられた感じになり、グッタリしてしまいます。
主人との会話も義母の事がほとんど、頭から離れる事はないですね。
まだまだ先は続きます。お身体御自愛くださいね*
おはようございますm(_ _)m
幼い頃の記憶がよみがえるのは、我が家の母にもよくみられます。
『○○(地名)の自宅に帰らないと。』
『○ちゃん(母の母親や、兄達)がまだ帰らないから、玄関の鍵を開けておかないと。』
等々、バラエティー豊かです(^_^;)
私の名は1年半以上口にしませんし、様々な場面で分からなくなったことが増え、母一人称のwonderlandに突き進んでいます。
また、“怪力”についてですが、もう自力で着替えるのは限界と思っていますが、決して私に手伝わせませんので、七転八倒しながら着替えをしておるようすです。もう、決死・命懸け状態(・・;)、唖然とし、怖くなります。
私が見守りをしようとすると、母は“監視”と感じています。
その為、下着の襟ぐりは伸びきり、下履きは裂けたりします。おズボンは、当然膝が抜けてしまいます。
本当に、もうどうしたら良いのか、ため息ばかりです(>_<)
最近は、デイに行ってもおズボンを濡らしてしまうことが多く、お着替えさせて頂いていることが増えました。
今の我が家の状態であとどれだけ在宅で母が過ごせるのか、と思います。
こちらであんず様、皆々様の体験や、その時の感情をお伺いし、とても勉強になります。
いつもありがとうございますm(_ _)m
過去の記憶が蘇ってきているのですね。
近々の記憶は、脳みその上っ面に乗っかっているだけなんだろうか?と思うこともしばしばです┐('~`;)┌
今日、面会に行く予定なのですが、義母に聞いてみようと思います。
『お義母さんの息子さんのお嫁さんて、どんな人?』ってね。
意地悪だわ、私(笑)。
質問してみました。答えは、
『やさしい嫁さんだよ。』
とあっさり(笑)。
質問する前のやりとりでは、私は姉妹か娘になってたんですよ。
本音か建て前か。。。またまた闇の中です(笑)。
靴下の前の位置ですが足の裏がいいと思います、お袋は寝かされっぱなしにされたので、これがよかったです。
名前は出来れば胸がいいかなとおもいました。ズボンは後ろか前のベルトあたりかゴムの場合はその下ぐらいでしょうか?(ズボンはチョットどこがいいか分からないです)
まだまだ、お母様が亡くなられた悲しみは、
いっぱいあることでしょう。
お父様は、急に独りになられて、寂しいのでしょうね。
ホームに、自殺未遂と言わずに、自殺願望があるようだと
相談してみてはいかがでしょうか。
老人の鬱っぽいですが、かまってちゃんにしても、
頻繁にスタッフさんから声掛けをして貰うとか、
対処して頂ければといいのになと思います。
女性のほうが、連れ合いの死からの立ち上がりは早いですが、
男性はガクッとするようです。
大事にして差し上げてくださいね。
やっと、老健入所ですが、私も母には穏やかに暮らして欲しい、
と願うのみです。
はたして・・・
ほんと、介護は先が見えないだけに、これでもかと次から次と
起きる出来事・・・・、
辛いです~
通院お疲れ様でございます。
お義母様は、長崎の施設でと以前にコメント頂きましたね。
現在の家と育った家がゴッチャになる、
わけがわからなくなってきているということなんでしょうね。
きれいさっぱり、忘れてくれて、施設が居心地がいいと言ってくれると
いいのかなと思います。
私も一応、レンタルした福祉器具の返却をお願いしました。
言っただけでも、虚しい気持ちです。(まだ、返却作業は終わっていません)
病院は、生気を吸いとられますね。だもんで、兄にはあまり顔をださなくても
いいと言っていました。
病院からは解放されますが、次には、どういう問題が起こるか・・・
戦々恐々な思いです。
しばらく晴れる日が続くようです。
いちろく母様もデイへお出かけなるのに、少しは素直になられるのでしょうか。
母は父母がこの世に存在しないのは、理解しているようですが、
兄弟はいまだに存在しているようです。
いちろく母様からは、いちろく様は「そばにいる親切なおばちゃん」という
ことでしょうか。
ちょっと淋しいですね。
>七転八倒しながら着替えをして
うーん、手助け要求しないのが、認知症なんでしょうか。
頑固ですよね。
「出来るもん!!、手助け無用!」なんですもの。
じゃあ、知るかーですよね。
病院の同室の方々は、皆さん、寝たきり。
どうして母はそんなに内臓がしっかりしているのか?
と疑問です。
過去の記憶のほうが鮮明ですよね。
母は今の家の住所を最後まで言えません。
が、以前のマンションの部屋番号まで言える・・・。
近々の記憶は、浸透しないんですね。
で、息子さんのお嫁さんて、どんな人とおっしゃってましたか?(笑
なるほど、靴下の足の裏に貼る。
いいですね。姪にも聞いてみましたが、そっけなく、
「誰のものであるかがわかればいいんだから、どこでもいい」
ですって。
そりゃそうだ。
ズボンには、母は後ろ前がわからないので、前の印として
貼りつけました。
ちゃんと回答も書いて下さっていたんですね。
すみません。
「やさしい嫁さんだよ。」って、本心なんでしょうね。
本能のままに生きているんですから。
母も、亡くなった上の義姉ことを、「いい子なのよ。」と
あれだけ、イジメてたのが、なんで?です。
むしろ、私は悪く言われます。
わかんないですねえ。認知症の脳って、不思議。