先日、乳がんで在宅治療中だった小林麻央さん
の息を引き取る瞬間について、海老蔵さんは、
気丈に話をしておられましたね。
麻央さんの年齢が若いだけに、胸が詰まって
しまいました。
ふと、母の場合を考えてしまいました。
昨年、誤嚥性肺炎で入院した母。
これは、もう、アカンかもという症状を見た
ときは、最後の言葉は、出てこないだろうと
思いました。
それに、母の特養(特別養護老人ホーム)には
「看取り」をお願いしています。
さらに、突然のことがあったときは、家族の
到着まで延命治療をせず、自然でよいことを
書面で交わしています。
実際、施設で亡くなった伯母も、母と同い年の
亡き上の義姉の母親も、臨終に家族や親族が、
立ち会うことはありませんでした。
二人とも、老衰であったと聞いています。
以前、母と同じユニットのキャバリエのナナ
ちゃんのお母さんのご家族の方と施設での、
臨終について、お話したことがあります。
ご家族によると、居室にベット代わりになる
ソファを置いてあるとのこと。
何かあったときは、そこで、家族が寝られる
ようにしてあるのだそうです。
いやいや、そこまで考えている方もいるんだと
頭が下がる思いでした。
はてさて、アタクシはどうするか。
一人で死ぬのは怖いから、一緒に行ってね。
と、認知症初期の頃、母は申しました。
最期に一言はなく、心臓が自然に止まると存じ
ますが。
元気な今から、「ありがとう」を伝えておくか、
なーんて、考えています。
明日は、燃えるゴミの収集日。
子供がいるわけでもないし、捨てるものは、
チャッチャと捨ててしまおうと思っています。
先日来、要らないと思うアルバム、写真類を
片付けています。
コメント
コメント一覧 (4)
ばばさんは誕生日すぎてから認知しょうがひどくなったみたいで
明日デーにきていくものをおいてあるのに
ドロボーが入った後かと思うほど出しっぱなしにして
暑いところで私が全部片付けました。
「母があんまりすると疲れるからやめときや」って言って
これからどうなるんだろうと思っています。
認知しょうがひどくなると優しくなれないと皆さん言ってますが
私も連日の通院で疲れてふらふらでめまいが出てふらついたので
少し休みました。
私の家族では特養にいれない方針なので
私がしんどい目にあうのかなと
これからもばばの認知症をみて
思っていました。
私のおいてあるのをデーにきていってくれたらいいのに
いつも同じ格好で行きたがるのも
認知症だからでしょうかね。あんず様祖母の認知症が進んでいるようです。
小林まおさんの亡くなったのはクリニックのテレビで見てびっくりしたのを思い出します。
笑顔と勇気をブログからもらいました。
小さい子供を残して心残りだったと思いますね。
34歳で、と言われたくないようなことがブログに書かれていましたが、でも、幼い子供を2人、残してと思うと死んでも死にきれなかったことでしょう。ほんまに、「人間遅かれ早かれ旅立つものでちょっと急いで生きられた」んですね。先日、母が熱を出したときは、これまた、こりゃ、臨終とか、葬儀とか、段取りせんとアカンかもと思いました。施設に入所しているので、亡くなったら、なるべく早く出ないといけませんから、あらゆる、方法を考えています。だから、今度、逗子の葬儀屋さんに行き、金額のことも聞いてくるつもりです。今は、兄が現役ですが、来年には退職。そうなったら、また、葬儀の方法は違ってきますからね。ニワトリか卵か、ですが、何かあってからでは、遅いので手は打っておこうと思います。まあ、母がピンピン、元気なうちには不謹慎かもしれませんが。ファーマーk様は最後まで在宅介護と腹をくくっておられる。それだけでも、すごいことです。悔いなし、はもちろんだと思います。
無事にお誕生日を迎えられたこと、もも様がいたからですね。素晴らしいです。認知症は出たり、引っ込んだり。そして、次第に悪化する。だから、あまり気にせず、ばば様のやりたいようにしておくのが一番かと。後片付けなど、大変ですよね。いつもと同じ格好するのが気に入られておられるなら、その通りにするのが、もも様の体調の為です。お孫さん想いのばば様ですから、認知症もそんなにひどくならないことでしょう。